Michiyo’s Journal

ハンガリー紀行 Vol.1

ウイーンの空港のホテルで一泊。もう三年も来ていない。だがここにいたのが昨日のように感じる。乗り遅れてはいけないと思うとあまり眠れなくて、結局とても早くチェックアウトをした。風邪はまだ治らず、体は熱っぽいし、話し声も戻らない。早くゲートに行ってそこで休もう、そう思った。
ゲートのすぐ前にタバコを喫うスペースが作ってあった。タバコを喫う人たちは大変だ。体に悪いとわかっていてもやめられず、肩身狭く、狭い場所に押し込められて喫わねばならない。オペラのためにタバコをすったことはあるが、煙いだけで、美味しいと思わなかった。あれを初めから美味しいと思う人はいるのかしら?初めはどこか、それをすることでかっこいいと思うことから始まるのではないかしら?
席に座って、メモを取っていると、目の端に膝がぱっくり割れたジーンズが目に入った。視線を上げると若い女性であった。タンクトップの切り替えがちょうどバストトップの場所に来ていた。今の流行りはこうなのかな?切り替えの部分は伸びが悪いので、着心地悪くないのかしら?と、大きなお世話のことを考える。しっかりと化粧を施した顔。ということは多分ドイツ系ではないのだろう。その隣に家族連れが座った。拡大縮小コピーのようにそっくりで、サイズだけ違う。座る角度も首の角度も同じ。足を組んで揺らしているのだが、それさえ同じリズムを刻んでいる。足を組んで揺らすことさえDNAに組み込まれているのかと思ったら、おかしくなった。DNAは一体どんなアミノ酸を作って足を揺らさせているのだろう!
DNA……日本を出ると、わたしは日本人とは思われないことが多い。まあ、日本にいても、日本語上手だね〜と言われたりするのだけれど。肌の色のせいもあるだろうけど、顔立ちや体つきもあるのだろう。きっとずいぶん前に混血しているんだと人は必ず言う。だが、日本人はみんな混血だ。縄文期に多く住んでいたアイヌ人のような縄文人、百済あたりから渡ってきた人たち、タイの方からきた人たち、はるかシルクロードから渡ってきた人たち。奈良時代にペルシャからきた宝物がたくさんあるということは、そこの人たちが入ってきたということでもあるだろう。実際、日本のあちこちにシルクロード上に存在する遺伝病があるのだそうだ。人が言うように、わたしにエジプトやら中東やら南米やら世界中の血が混ざっていたとしても何の不思議もない。日本人、というのは便宜上の分類だ、と、私は思った。
不思議なことだ。人は個という形をとどめているけれど、毎日それを構成している物質は入れ替わっていて、それでも同じ形を保ち、アイデンティティを保っている。私、という意識を他と隔絶している。日本人とは外国人を隔絶するように。でも私にはその感覚が弱いのかもしれない。私がなくなるとき、私は無くならない。前と同じ、この世界として物質も意識も存在するのだと思える。それは斑目さんが時々おっしゃる無一物中無尽蔵と共通する思いなんだろう。

そんなとりとめのないことを考えながら搭乗時間となった。

ハンガリー紀行1

2016-06-14 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments »