Michiyo’s Journal

ハンガリー紀行 Vol.3

Kさんとはなかなか連絡が取れなかった。彼女の年齢を考えると何かあったのではと心配になり、翌日朝はやくから何度電話したが、出ない。メールにも返事がない。ありとあらゆる場所にメッセージを残して、11時頃にようやく諦め、フロントで地図をもらって私は外に出た。いつもそうなのだが、私は旅にでるくせに全く準備が悪い。下調べなどしていきやしない。ガイドブックも用意しない。行くと決めたら、パスポートとお金とコンタクトレンズと薬だけ持って出かけてしまう。今回も、ブダペストの地図を見るのは初めてだった。
地図を持って外に出ると、街はウイーンにそっくりだった。あまりにも似ていて、錯覚しそうだった。ホテルはオペラの隣にあったので、そこから歩いて川の方へと向かった。ドナウ川には大きな橋がかかっていた。橋の両端にライオンの像があった。確かこんな像が、ウイーンのドナウにもあって、そのそばに友人のエドが倉庫を風変わりに改造して住んでいたことがあった。エドはどうしているかな。

橋の上の金具にたくさんの南京錠が付いていて、名前が書き込んである。何のおまじないだろう?橋を渡った先に城が見えた。ドナウの真珠と呼ばれたブダ城。壮麗だった。

そこで私の電話がなった。Kさんからだった。ほっとして私たちは待ち合わせを決めた。待ち合わせまでの一時間を、私は城まで行ってみようと思った。ケーブルカーの乗り場に人が並んでいたが、純子さんがケーブルカーはお勧めしないと言っていたのを思い出し、歩いて登ることにした。歩いたって大したことのない距離だ。城まで上がると、庭の石に腰を下ろして、私は水筒を取り出した。

ホテルで入れてきたペパーミントティーはうっすらと汗をかいた私に清涼感を感じさせてくれた。風が強かった。喉を冷やしてはいけない、私はコートを着込むと、見晴らしのいいテラスの方へと歩いて行った。甲高い笑い声がそちらの方から聞こえてきていた。

子供達が騒いでいるのはプリンツオイゲンの像の周りだった。オイゲン公は馬に乗って、街を見下ろしていた。この地にも幾多の戦争があったのだ。彼は奇襲攻撃の得意な戦士だったかな。小柄で奇襲攻撃の得意な…確か豊臣秀吉もそんなタイプだったなあ。

しばらくそこで街を眺めた後、待ち合わせ場所に向かってゆっくりと坂を下りていった。途中何人かに道を聞かれた。この道を降りれば下へ行けるのか、と。どうしてわたしにきくのだろう?私も自信はないけれど、yesと、その度に答えた。

坂を下りた先にKさんたちはもういて、私たちはそこからバスに乗ってオペラまで戻った。オペラの隣のカラスというレストランで昼食をとることにしたのだ。外のテーブルに私たちは座って、こちらの名物の一つ、鴨肝臓ののパテを注文した。トカイで煮込んだ洋梨が添えてあって、大変美味だった。この後どうしよう?温泉に入りたいけれど、治りかけの風邪がぶり返すといけない。結局それはKさんたちだけに行ってもらうことにして、私たちは中央市場へと出かけた。

バスを乗り換えようと歩くと、通りは人の波、何事かわからないけれど、屋台もたくさん出て、歩けないくらいだった。なぜか本屋の屋台が並んでいる。何とか抜けてバスにまた乗り中央市場に着いたのだった。ところが、着いた途端に市場は閉店になってしまった。土曜日は午後3時までだったのだ。残念、と、外に出ようとすると、突然のすごい雷。Kさんたちは温泉に行くというので、私は一人ホテルに帰ることにした。

私は本当に準備の悪い人だ。だから、自分が今日カバンに思いついて傘を入れたことが本当に不思議だった。朝は晴れ渡っていたのに。傘をさして地下鉄の駅まで行くと、駅も人でいっぱいだった。次々と人が私に聞いてくる。私たちはここに行きたいのだけれど…と。なぜ私?毎回私は答えた。私もこの街初めてでわからないんです。あそこの時刻表を見てみましたか?

雨のブダペストの香りもウイーンにそっくりだった。足元の石畳に雨が跳ね返り、その模様を浮き出させていた。それを夢中になって追っているうちに大きなドームの前に出たので、私はそのドームに入ってみた。

中は美しかった。輝く内装に祝福されて結婚式が行われている最中だった。立ち入り禁止にがっかりして、私は外に出た。明日もう一度来よう。

石畳は足の裏に辛い。痛みが限界に達した頃、私はホテルに着いた。シャワーを浴びて夕方まで一休みしたのだった。夜のブダ城を見るために。

今回のハンガリー旅行は、実は月曜日のコンサートが目的だった。一昨年オペラでご一緒して以来、指揮を習っている井崎先生のオーケストラの定期演奏会を聴きに来たのだ。血の中に音楽が混ざっているようなハンガリーの人たちと、井崎先生が作る音楽を生で聴きたかったのだ。イスラエル行きがウイーン経由と聞いた時、ウイーンから電車でも三時間で着くハンガリーに、私は行きたくなった。それを先生に話すと、是非夜のブダ城を見るように、と、先生はおっしゃったのだ。
忙しい方だから、まさかそれを案内してくださるとは思っていなかった。が、夜になったら連絡があり、リハーサルが終わったので夕食をご一緒に、と言ってくださった。そして、私たちはドナウ沿いのレストランに向かった。8時を過ぎていたけれど、まだ空は明るかった。ブダ城は夕焼けてほんのりピンクに染まりつつあった。これを覚えておいてね、帰りにまた見てください、と、先生はにっこりした。

レストランに入るとまた雨が降り出した。私は持ってきたダウンジャケットを着込んで、寒さと雨に備えた。お腹空いてる?何が食べたい?との質問に、オススメは何ですか?と質問で返す。
『何か、スープとね、一皿。オススメはダック』
じゃあそれで、と運ばれてきたアヒルの料理は今まで食べたアヒル料理の中で最高に美味しかった。夢中になって平らげる。ここ数日食欲がないと思っていたのが嘘のようだった。食事が済むとドナウ沿いを歩く。ライトアップされたブダ城は、雨でより華やかに見えた。先生はこっちにいる方が似合ってるなあ。ブダ城を嬉しそうに眺める井崎先生を見て、私はそう思った。

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments »