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2016-07-11

ソウル紀行 Vol.1

気がつくと、仁川国際空港に着いていた。気が進まない旅行だった。20年前に韓国を訪れた時、理由もなく罵倒されることが続いた。街行く人は、日本人と分かると、食ってかかってきた。戦争の恨みだろうか?訳も分からず、殴られそうになったり、罵倒されて、私はすっかり嫌になった。それ以来、私は韓国を訪れることはなかった。
20年も経って、日本人に対する意識も変わっているのだろうけれど、またあんな目に会うのは嫌だな。そう思って着いたが、空港の雰囲気は、20年前からは全く変わっていた。
長い入国検査の列、タクシーの列のあと、70分のドライブでソウルに着いた。道路は広く、背の高い松の木がたくさん植えられている。日本ととてもよく似た雰囲気、たくさんの高層ビル。タクシーを降りたら、涙とくしゃみが止まらなくなった。何かに対するアレルギーらしい。これはたまらない、ホテルにチェックインすると私はアレグラを飲んで休んだ。
観光に出かけようとすると、雲行きが怪しかった。相変わらず、どこへ行こうか全くプランのなかった私はフロントへ行き、どこを見たらよいかと聞いた。フロントのお姉さんは愛想よく宮殿への行き方を教えてくれた。色白で切れ長な目、綺麗なピンク色の口紅がよく似合う。あの口紅、どこのだろう?あれは色白だから似合うのかなと考えながら、教えてもらった通りに地下鉄の駅へと向かった。
地下鉄への階段を降りると、券売機の前にボランティアと書いた名札をつけた年配の男性が立っていた。発券機の前で四苦八苦した挙句、私は男性にチケットの買い方を聞いた。男性の名札には日本語英語と書いてあるのに、どれもさっぱり通じず、仕方なく地図を見せて、行き先を見せる。すると男性が機械を操作してチケットを買ってくれた。よし、使い方を覚えたぞ!そう思って意気揚々と改札を通ろうとすると、男性がニコニコと私を呼び止めて言った。乗り終わったら、あの機械にチケットを入れたらお金が返ってくる、そんな意味なんだろうと思った。
あちこちから、クシプシヨとか、アミダとかヨーとかいう語尾が聞こえてくる。特にヨーはいろんな高低をつけて発音されていて、表情豊かだなあと思う。喉の奥を鳴らし続けるような発音もある。日本と近いのに、随分言葉は違うものだなあ。地下鉄の中の人々は、日本人に似ているけれど、日本人より力強い体つきをしている。胸があつく、姿勢もいい。しっかりと両足で立っている。きっと遺伝子の違いはあまりないだろうに、どうしてこんなに体格が違うのだろう?食べ物?習慣?教育?地下鉄の中の広告は少なく、人々は広告を見ているようではない。寝ている人もいない。そして多くの人がリュックサックを背負っている。男性は耳のあたりまで刈り上げている人が多く、がっちりとした首筋をさらに際立たせている。興味深そうに観察する私と目があうと、少し気弱げに微笑む。これも日本人と違う。日本人の男性はすべからくなかったこととして目をそらすのだから。
そんな観察をしている間に目的地に到着した。地上に上がると雨が降り始めていた。駅にあった売店で傘を買って、外へ出た。

目的地はチャンドックン。世界遺産になったという朝鮮王朝の離宮である。ところが、出口を出てから私たちはすっかり迷子になってしまった。仕方なく、警察に行って場所を聞いたが、らちがあかない。すまなそうな顔をした警察官が日本語で、わかりません、というのだった。途方に暮れてあちこち眺めていると、あった!道路標識の一つにチャンドックンと書いてあったのだ。徐々に強くなる雨の中、私たちはそちらへと出かけた。道路から少し奥まったところにその門はあった。チケット売り場でチケットを購入。65歳以上は無料らしい。家人が年齢を言うと、私だけが課金された。自己申告制らしい。
入り口の門を入ると広い道になっていた。萩焼のような色の土が雨でぬかるんでいる。靴を取られないように気をつけながら、先へ進むと、次の門をくぐった。
四角く囲まれたその空間は、王が謁見をするためだったらしい。瓦屋根の端に、猿だろうか、カッパだろうか、一番後ろは龍だろうか、わからない像が並んでいる。先日訪れた法隆寺を彷彿とさせる。建物の中を覗くと赤と緑の幾何学模様で装飾され、シャンデリアが吊るされて、華やかである。この間行ったハンガリーのマーチャーシュ教会の中がこんな風だった。狐につままれたような気持ちがした。
王の居室であった建物を見学しているあたりから雨が強くなった。その先の庭園のガイドツアーに参加するために、もう一度チケットを買って待っていると、雨はどんどん強くなり、とうとう雷までなり始めた。私たちはガイドツアーを諦め、近くの軒先に逃げ込んだ。
バケツをひっくり返したような雨。軒先から蛇口をひねったように水が落ちてくる。建物に上がることは禁じられているので、私たちは地面から跳ね返った水がかからないよう、高床の床下へと身を潜めた。どうやらここは王子の教育のための建物らしい。『保護聖躬』『調和御薬』と書いた字が目にとまった。この看板は、ホジュンに出てきたな。ここだったのかしら。私は、正装をし厳しい顔つきをした役人たちがここを行き来しているのを想像した。こんな雨の日にも、王子たちは厳しい先生の監視の中で書を読み上げたのだろう。時折、恨めしそうに雨水が落ちてくる空を眺めたに違いない。
雷鳴と雨音で私たちは無口になった。何か話してもお互いの声は聞こえそうになかった。半刻すぎただろうか、雷鳴が去るまで、傘で足元を守りながら私たちは静かに雨宿りをした。靴の中に溜まった水を流し出し、ストッキングの上からタオルで拭くと、体の震えが止まった。
雨がおさまってくると、私たちは庭園の見学を諦め、出口近くで急いでバスに乗り、一駅先のanguk駅へと向かった。いけない、また熱が出てきたな。私は家人にそう言うとホテルへと急いだ。

 

 

 

 

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