Michiyo’s Journal

オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代 ハンガリーへの旅 続編 <2017年10月>  gallery

オペラ歌手 飯田みち代ジャーナル
~世界のどこかで~
音楽の記憶 ~2017年 ハンガリー編~

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ハンガリーへの旅 続編

 

 

■<ツェグレート公演>

『1956年10月23日革命記念日記念祝祭演奏会』
日時:2017年10月23日(月) 17:00開演
場所:ツェグレート市 コシュート文化ホール
〇ベートーヴェン:「エグモント」序曲
〇祝祭セレモニー
〇「千住明個展」演奏会
地・水・火・風・空 A Ba La Ka Kya Ⅲ~オーケストラと合唱のための~(オケ・ハンガリー合唱)
Caritas,Message from the beginning~オーケストラのための~(オケ・ハンガリー合唱)

ピアノ協奏曲「宿命」
(Pf:山本絵里・オケ)

**休憩**

オペラ「万葉集~二上山挽歌編」(演奏会形式上演)
独唱:飯田みち代(ソプラノ)、谷口睦美(メゾソプラノ)、鈴木准(テノール)、与那城敬(バリトン)
合唱:日本・ハンガリー合同合唱団
指揮:井崎正浩
オーケストラ:ソルノク市立交響楽団

 

■<ソルノク市公演>

『ソルノク市響・リスト定期演奏会Vol.2』 “千住明個展”
日時:2017年10月24日(火) 19:00開演
場所:ソルノク市立アバ・ノヴァーク文化センター内 リストホール
地・水・火・風・空 A Ba La Ka Kya Ⅲ~オーケストラと合唱のための~(オケ・ハンガリー合唱)
Caritas,Message from the beginning~オーケストラのための~(オケ・ハンガリー合唱)

ピアノ協奏曲「宿命」
(Pf:山本絵里・オケ)

**休憩**

オペラ「万葉集~二上山挽歌編」(演奏会形式上演)
独唱:飯田みち代(ソプラノ)、谷口睦美(メゾソプラノ)、鈴木准(テノール)、与那城敬(バリトン)
合唱:日本・ハンガリー合同合唱団
指揮:井崎正浩
オーケストラ:ソルノク市立交響楽団

2018-04-13 | Posted in Michiyo’s Journal, 音楽の記憶Comments Closed 

 

オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代 ハンガリーへの旅 続編 <2017年10月> 

オペラ歌手 飯田みち代ジャーナル 

~世界のどこかで~

音楽の記憶 ~2017 年ハンガリー編~

 

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ハンガリーへの旅

 

 

ハンガリー、ソルノク市での千住明個展、「万葉集」が終わった。
日本の誇る文化、日本人の美徳と教養の象徴、そして、日本の美意識の源を表したような万葉集に、千住明さんのテクニックを駆使しながらも耳に優しく感情に訴える美しい曲がついた作品に、井崎先生が息を吹き込んだ。
ソルノクのオーケストラはそれ自体が日本の言葉と情緒を解し、一つの意志を持っているかのように、自由自在に歌に寄り添い、あるいは心や状況を歌い、会場は時を超えて、国を超えて、人を想う心、国を想う心に満たされたような気がした。ハンガリーの独立記念日とこの演奏会が重なったのは偶然なのだろうか?
日本の国際交流基金からの助成を受け、多くの人たちの援助を受けながら実現した企画。
ソルノク市立交響楽団の定期演奏会として異例の試みだったのだと想うが、演奏後拍手は鳴り止まなかった。
大使館からも大使達が駆けつけてくださって、国際交流としてもっと大きくして行きたい、と、大使の書記官が目を輝かせてくださった。
いろんな制約がある中で、少しでも日本の美をわかってほしいと、睡眠を削って着物風の衣装を縫ってくれた母が、現場を見れなくて残念だった。きっと誇りに思ったろうに。衣装の効果は抜群だったと想うのだけれど。
それにしても、ハンガリーの人たちの芸術への敬意と、謙虚にひたすらに音楽を追求し続けるプレイヤー達、
その尊敬を集める井崎先生に、静かな感動を覚えた。このオーケストラが、短期間でSクラスに駆け上がったというのが納得できる気がした。
終わった後千住さんは言った。
僕の代わりに歌ってくれてありがとう、ああ歌いたかったんだ、と。

オペラ歌手 飯田みち代

 

2018-04-13 | Posted in Michiyo’s Journal, 音楽の記憶Comments Closed 

 

オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代 韓国への旅 

オペラ歌手 飯田みち代ジャーナル 

~世界のどこかで~

旅の記憶 ~2016 年 韓国編~

 

 

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韓国への旅

はじめに

2016年7月の韓国への旅のまとめです。
世界遺産になった朝鮮王朝の離宮、チョンミョ神社での出来事など、飯田みち代のソウル紀行をどうぞお楽しみください。  (さらに…)

2018-04-11 | Posted in Michiyo’s Journal, 旅の記憶No Comments » 

 

オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代 ハンガリーへの旅

オペラ歌手 飯田みち代ジャーナル 

~世界のどこかで~

旅の記憶 ~2016 年ハンガリー編~

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ハンガリーへの旅

 

はじめに

2016年6月 イスラエルでの旅を終え、ハンガリーへ向かった。

指揮法の先生がハンガリーで活躍している。

教会散策、音楽博物館、演奏会など飯田みち代ハンガリー紀行をお楽しみください。 (さらに…)

2018-04-06 | Posted in Michiyo’s Journal, 旅の記憶No Comments » 

 

オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代 イスラエルへの旅

オペラ歌手 飯田みち代ジャーナル 

~世界のどこかで~

旅の記憶 ~2016 年イスラエル編~

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イスラエルへの旅

はじめに
2016年6月 名古屋よりイスラエルへオペラ歌手の仕事でイスラエルへ
音楽家としての憧れの地 イスラエル
歌の中に出てくるエルサレム ベツレヘムに行けるのだ!と期待を胸に出発しました。
飯田みち代のイスラエル紀行をどうぞお楽しみください!

(さらに…)

2018-04-05 | Posted in Michiyo’s Journal, 旅の記憶No Comments » 

 

ソウル紀行 Vol.5

5
ソウル滞在最後の日。飛行機は夕方だったが、10時の飛行場行きのバスに乗り込んだ。バスはなかなか快適だった。座席は広くリクライニングもある。タクシーよりずっと心地いい。また雨が降り出していた。高層マンションが途切れて海が見えてくると空港に着いた。 (さらに…)

2016-07-11 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ソウル紀行 Vol.4

祭殿の向かえ側に、王家ではないが功績を挙げた人たちも祀られていた。
『といっても、私から見ると、裏切り者も祀られています。』と、ガイドさん。そして、最初の王様の4代前の先祖から祀られているのだそうだ。先祖たちの守りを得るため、王様は民衆の代表として祭を行う。1300年代からずっと続けられてきたという祭は、無形文化遺産とされた。全ての人が幸せに、そう思う気持ちは、古今東西を問わず同じなのだとしみじみ思った。
最後の建物を指差して、ガイドさんが言った。
『あそこで音楽家が待機します。』
そして、私を音楽家かと聞いた。そうだというと、やっぱりと彼女は頷いた。 (さらに…)

2016-07-11 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ソウル紀行 Vol.3

『昔は祭祀は午前1時から3時の間に行われました。王様はその前は準備の期間として身を清め、ニンニクやネギなどの香りの強いものを食べず、葬式に行かず、死刑などの書類にはサインをせず、音楽も聴きませんでした。』

ガイドさんの説明に驚いた。亡くなった人の霊を迎えるのに、にんにくを食べないのはわかる。ドラキュラだって嫌いなのだ。死刑をしないのもわかる。葬式に行かないのもわかる。悪霊にとりつかれるのを恐れたのだろう。なぜ音楽を聞かないの? (さらに…)

2016-07-11 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ソウル紀行 Vol.2

翌日はほぼ一日中ホテルで寝ていた。食事に起きるだけ。雨は上がっていたが、どんよりと曇った空だけが居室の窓から見えた。家人は出かけては帰ってきたが、私は夢うつつでよくわからなかった。その翌日も昼まで眠って、昼頃やけに元気に目を覚ました。熱は下がっているようだった。復活!せっかく来たのだから、見て回らねば。すでに外に出ていた家人と落ち合い、私たちはチョンミョ神社へと出かけた。 (さらに…)

2016-07-11 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ソウル紀行 Vol.1

気がつくと、仁川国際空港に着いていた。気が進まない旅行だった。20年前に韓国を訪れた時、理由もなく罵倒されることが続いた。街行く人は、日本人と分かると、食ってかかってきた。戦争の恨みだろうか?訳も分からず、殴られそうになったり、罵倒されて、私はすっかり嫌になった。それ以来、私は韓国を訪れることはなかった。
20年も経って、日本人に対する意識も変わっているのだろうけれど、またあんな目に会うのは嫌だな。そう思って着いたが、空港の雰囲気は、20年前からは全く変わっていた。 (さらに…)

2016-07-11 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

旅の終わりに

自宅に帰ると、生徒と父母が飛び出してきた。お帰りなさいと迎えてもらえるありがたさ!
旅行カバンを開けると、鮮烈な菩提樹の香り。まだ生きてる、そう思って早速取り出し水に生ける。戻ってこないときへの思いが溢れ出す。それを眺めながら、お茶の時間。猫が足元にすり寄ってくる。
明後日の準備に取り掛からねば!

旅の終わり

2旅の終わりに

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.9  <最終回>

ベッドの脇に差し込む光が眩しかった。枕元の菩提樹の葉は薄い緑に透けていた。荷造りをしなければ。そう思いながらもう一度目を閉じると、昨夜の音楽が井崎先生の躍動的な姿とともに浮かんできた。音楽の中で私は再び眠りにひきこまれた。アラーム音でハッとし、急いで身支度をして階下へ降りると、Kさんたちはもう食事をとっていた。もう朝の散歩は済んだのだという。パンと卵と野菜とヨーグルト、日本で毎日摂る朝食と変わらないものを、たっぷりのお茶といただいた後、部屋に戻り全ての荷物をつめこんだ。最後に枕元の菩提樹の枝をとり、もう一度香りを楽しんで、本に挟んだ。 (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.8

朝起きると、空は曇っていた。枕元にあった菩提樹の枝をとり、私はまた香りを嗅いでみた。昨日より香りを失っていたが、枝は元気なままだった。押し花にして持って帰ろうかな。
身支度をして階下に降り、朝ごはんを食べようとして驚いた。ここは紅茶がないのだ。たくさんの種類のハーブティーとフルーツティーがあったが、紅茶がない。この辺りの人は紅茶を飲む習慣がないのだろうか?朝食会場は閑散として、誰もが黙々と朝食をとっていた。外は雨が降り出していた。 (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.7

散歩の後井崎先生が連れて行ってくれたのは、川向こうの瀟洒なレストランだった。ここのシェフはハンガリーの郷土料理を一味違うものにしてるんだよ、と、井崎先生は言う。給仕されるごとに覚えたてのキュセネム(これが全部ウムラウトなのだ)というと、ボーイはにっこりする。でも、井崎先生は、発音悪いよ、と、丹念に私の発音を直すのだった。どうして、そんなに最後が長くなるの?と呆れていう先生に私は恥ずかしくて理由を言うのを躊躇した。kuesse nehmって覚えちゃっていたのだから。ありがとうの代わりにキスをとるってかんじ?ああ、こんないい加減な覚え方するから、変な間違え方になっちゃうのだ! (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.6

マーチャーシュ教会の中は見たことのない様子だった。外側はウイーンのシュテファンスドームみたいな感じなのに、中は派手な配色の唐草模様だったりするのだ。西洋と東洋の入り混じった不思議な感じ。何度も異民族に統治され、こんな不思議な組み合わせになったのだという。こみいったステンドグラス、この間ステンドグラスを初めて作ってみたから、これがどんなに時間をかけて作られたものかよくわかる。教会の奥には今度は聖人の足が展示されていた。足の端はなくなっていたが、かかとの骨のしっかりした足の骨。きっとよく歩き回ったのだろう。丈夫そうな体つきを想像することができた。
戦争や、共産主義統治下で壊されたりした後修復されたという教会は、修復に費用がかさみ、そのために入場料を必要とするようになったという。居心地のいいその空間に、一日中でも座っていられるような気がした。 (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.5

カフェに向かう途中で、井崎先生が、ハンガリーのタモリさんというので見ると、ポスターの写真が確かにそう見える。コンサートとあるので歌手だろうか?
150年以上続くというカフェジェルボーは昨日本の市が立っていたあたりにあった。中に入ってケーキを選ぶ。どれも美味しそうだけれど、店の名前が付いているものと、井崎先生オススメの塩カラメルケーキと洋酒の香りの効いたケーキとを注文して、四人で少しずつ味見をしようということにした。コーヒーを頼むと水と一緒に出てくる。この辺りはウイーンと同じ。でも、ここでの主流のコーヒーはメランジェではなくコーヒーみたいだった。 (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.4

翌日朝10時に待ち合わせ。そこから昨日結婚式で入れなかった聖イシュトバーン大聖堂へ。井崎先生によると、この地にキリスト教をもたらしたイシュトバーンが祀られていて、ブダペストの建物はこれより高いものを建ててはいけないことになっているのだそうだ。聖イシュトバーンの手がミイラになって保存されているのだという。 (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.3

Kさんとはなかなか連絡が取れなかった。彼女の年齢を考えると何かあったのではと心配になり、翌日朝はやくから何度電話したが、出ない。メールにも返事がない。ありとあらゆる場所にメッセージを残して、11時頃にようやく諦め、フロントで地図をもらって私は外に出た。いつもそうなのだが、私は旅にでるくせに全く準備が悪い。下調べなどしていきやしない。ガイドブックも用意しない。行くと決めたら、パスポートとお金とコンタクトレンズと薬だけ持って出かけてしまう。今回も、ブダペストの地図を見るのは初めてだった。 (さらに…)

2016-06-16 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.2

飛行機は結局1時間近く遅れて飛んだ。実際の飛行時間はたった45分。空港に着くとタクシーに乗り、オペラの近くのホテルへ向かった。そこで純子さんと待ち合わせしていたのだ。
着くと彼女はもうそこにいた。わたしたちは荷物を預けるとすぐに外へ出た。純子さんはもう先にこちらへ来ていて、すっかりこの土地に慣れていたので、わたしは彼女についていった。少し離れたところに、ちょっとゆったりした公園があって、その近くのレストランがおすすめらしいんです、と彼女は言った。オペラの駅で、チケットを買い、私たちは地下鉄に乗り込んだ。小さな車両。ロンドンの地下鉄を思い出す。お互い旅がどうだったかを話していたら、4つめだったろうか、あっという間に目的地に着いた。 (さらに…)

2016-06-14 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

ハンガリー紀行 Vol.1

ウイーンの空港のホテルで一泊。もう三年も来ていない。だがここにいたのが昨日のように感じる。乗り遅れてはいけないと思うとあまり眠れなくて、結局とても早くチェックアウトをした。風邪はまだ治らず、体は熱っぽいし、話し声も戻らない。早くゲートに行ってそこで休もう、そう思った。 (さらに…)

2016-06-14 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments »