Michiyo’s Journal

イスラエル紀行 Vol.18 <最終回>

イスラエル出国の日。

午前中はゆっくりして、午後空港へ。空港への道はさほど遠くないはずだったが、渋滞にあたってしまった。イスラエルの人々の運転はかなり強引だ。警笛を鳴らしながら、割り込んでくる。そういえばエルサレムでも、地区によっては信号がなくて、二車線のうちの1車線に駐車されているのに、もう1車線に車を停めて荷物の上げ下ろしを始めた車があって、その後ろは車が車線に斜めになりながら押し込まれてきて、警笛の嵐だった。わたしはここでは到底運転できないな。 (さらに…)

2016-06-13 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.17

翌日わたしはテルアビブへと移動した。斑目さんの思いやりだった。イスラエルへ来て首都を見ないというのは日本に来て東京を見ないのと同じだから、ぜひ一晩と言ってくださったのだ。テルアビブは都会だった。高層ビルが立ち並び、歩いている人たちも多くて多様だった。肩を出し足を出したファッションの女性たちが誇らしげに闊歩していた。そういえば、エルサレムでもネタニアでも、こういう女性たちを見かけなかった。 (さらに…)

2016-06-10 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.16

杉原ストリートの除幕式は、炎天下のもとで行われた。多分ここは昼間であればいつも炎天下なのだろうけれど、とにかく目を開けているのが難しいほどの日差しだった。わたしはいつものごとく帽子もサングラスも忘れてしまっていた。これだからどんどん日焼けする!ついでに言うと太陽の光を浴びるのは大好きなのだ。いくら大好きとはいえ、あまりにも暑くて困っていると、そばにいた女性がこうするといいとスカーフを頭にかぶって見せてくださった。なるほどとわたしもスカーフを頭から巻いた。目だけを出して顔全体に。すっかりこちらの人の風体になったわたしを見て、本田さんが下を向いてこっそり笑った。 (さらに…)

2016-06-10 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.15

イスラエル紀行15 イスラエル紀行15-1プラネタニアの脇に道ができた。その道にある日本人の名がついた。命のビザを発行した杉原千畝さんの名前である。 (さらに…)

2016-06-10 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 vol.14

起きて身支度をして階下に降りると、もう皆さんお揃いだった。スケジュールは前から渡されているはずだけれど、そういうことに疎いわたしは、今日のスケジュールを本田さんにもう一度聞いた。数字の羅列…時間の羅列やお金の羅列を見ると目が拒否するので、そういうことを何も覚えていないのである。これでよく秘書が勤まったものである。あ、つとまってないか!わたしは自分に最も合わない職業だと思ってやめたのだから! (さらに…)

2016-06-10 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 vol.13

リハーサル後に簡単な夕食をとり、私たちは自室に辞した。寝ようとすると、生徒たちがハマグリを食べに行く話題で、メッセンジャーで盛り上がっていた。わたしもそれに参加してひとしきり騒いだ。こんなにはなれていても、リアルタイムでチャットが出来る。旅行記を読んでみんな想像を膨らませているようだった。書いたことより数倍いいのだ。友人達も一緒にワイワイとここに来れたらなあ!
(さらに…)

2016-06-10 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.12

朝食会場から戻ると、ひどくなった風邪を懸念して抗生剤を飲み、わたしはまたイスラエル紀行を書き始めた。

わたしはこの旅の前から、旅の出来事を書き留めておこうと決めていた。書いてください、と、言われていたからだった。 (さらに…)

2016-06-09 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.11

朝起きると、声が出なかった。じゃあ歌う声は?と歌ってみると出る。良かった、でも、これはとにかく回復を早くしないといけない。
十時半には市長が来て朝食を一緒にするはずだったので、私はもう一度ベッドに戻った。時差のために早く起きてしまう。空はもうすっかり明るくなっていた。海にかすかに白波が立っているのがベッドからも見えた。ずっと夢の中にいたように現実味がなかった。それが、イスラエルについて以来初めて、現実感が湧いてきた。目覚ましをかけてもう一寝入りすると、私は階下の朝食会場に出かけた。 (さらに…)

2016-06-09 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.10

車に戻ると、ラジャイは少し後ろに体を傾けて、歌を歌い始めた。哀調を帯びたメロディだった。ひとふし歌い終わった後、私は歌詞の意味を尋ねた。
『これは愛する人を思う歌なんだよ。高いところにある果実はとても甘いのを知っているけれど、僕には届かない。空にある星はとても美しいのは知っているけど、僕には届かない。そんな意味。』

飯田 みち代さんの投稿 2016年6月5日(日)

悲しい恋の歌。最近の歌は僕は好きじゃないんだ、とラジャイは言った。 (さらに…)

2016-06-08 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.9

昼食をとるために私たちが向かったのはジェリコだった。紀元前1万年からあったと言われる世界最古の都市。そして、海抜マイナス260メートルのところにある、世界で最も低いところにある都市。ラジャイが入っていくと、背の高い色の黒い男性が丁寧に挨拶をした。この店の主人だった。私たちが席に案内されると、何も言わないうちにジュースと食べ物が運ばれた。ジュースはグレープフルーツだった。甘くてとても美味しい。そういえば、日本でもイスラエル産のグレープフルーツを見るような気がする。でも日本で飲むよりずっと美味しいグレープフルーツジュースだった。
食欲はなかったのに、ジュースを口にすると、何か食べられそうな気がした。死海でのトリートメントのせいか、ぐったりと疲れた感じだった。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.8

ラジャイはそこにあったビーチパラソルを広げて木陰に椅子を置き、その上に荷物を置くと、私たちにとにかく死海に入るように言った。熱く焼ける砂から水の中に入るとようやくほっと一息。それもつかの間体のバランスが保てなくなっていく。足元の粘度が底なし沼のように足を吸い込んでいくのだ。

あつい、あつい、と言っていた本田さんも水に入って、少しなめて、しょっぱいと叫んでいた。しょっぱいどころか苦い。口元に飛んできた水しぶきを少しなめて、私はそう思った。騒がないで、リラックスして、水に腰掛けて、背中を下にして浮くんだ、と、ラジャイが言う。子供を保護する親のように、ラジャイは私の手をとって言った。大丈夫、僕はここにいる。リラックスして。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.7

一体目的地はどこにあるというのだろう。時間に少々焦りながら必死に探した。まっすぐ行くと西の壁とかいてある。あらまあ、またあそこへ戻ってしまいそうだ。歩き回っていつも同じ場所に戻ってくる迷路ゲームでもしているような気分だ。だが、ようやくその小道の脇にふと開けた場所があった。そこには大きな教会があった。私はそこの門番をしている人に聖墳墓教会の場所を聞いた。すぐそこ、1分で行ける、と示された先にゴルゴダの丘はあった。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.6

万国民の教会を出ると、私たちは隣の教会に向かった。どんどん階段を降り、教会に入っても入り口からは降りる階段だった。ガイドは嬉しそうに、この大理石の階段は44段あるのだと言った。階段の脇にも多くの祭壇があった。ガイドはその祭壇の一つの脇に座って眠っている老人に話しかけた。90歳だという。私は軽く会釈をしたが、老人はマスクをしている私を胡散臭く思ったようだった。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.5

イスラエル3日目は朝8時にガイドと待ち合わせだった。時差で早起きをした私は7時前には朝食会場に入った。係員があなたはイギリス人かと聞いた。なぜと思いながら日本人だと答えると、日本には北海道、長崎、東京という島があるそうだけれど、あなたはどの島の出身かとまた質問される。北海道、本州、四国、九州が主な島だと訂正しながら、本州と答える。これはこの人の認識なのか、この辺りでは東京は島だと思っているのか、と思いながら、窓に一番近い席に座って朝食を取り始めた。もう、街中にちらほらと人が歩いているのが見えた。ツートンカラーの鳩と痩せた猫たちがあちこちに見える。なだらかな曲線の地平線の上に、肌色の建物がぎっしりと立っている。紀元前から栄えた町だったのだと感慨にふけっていると、ボーイがまた話しかけてくる。背の高い目のクリクリした浅黒い若者だ。多分息子くらいの年齢なのだろう。が、話しかけてくる内容からして、完全に私の年齢を誤解している。見込みのないアタックに少々辟易とした私は、話題に関係なく言った。私のパートナーは日本人で、私をとても愛しているのだ、と。彼は下を向いて、厨房の方へと戻っていった。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.4

どうもあの黒い石の上で生まれたことになっているのだ。それならどうして馬小屋で生まれた子いうことになってしまったのか。ついでに言えばその影響を受けて厩で生まれたことになっている聖徳太子は、厩戸と呼ばれていたではないか、と、つい先日行った法隆寺を思い出した。そういえば、2000年前はここまで馬で入れたと言っていた。扉の外には馬をつなぐための石の穴や、靴の泥を落とすためのものまであった。旅の途中でここで馬を休めた、そんな場所だったのかもしれない、と、ちらりと思った。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.3

 

ローマ教会の後ろを振り返ると、パイプオルガン。演奏家としてはどうしてもそれを確かめずにはいられない。まだ新しいように見えるそのオルガンの下のドアを通って中庭に出ると、そこには聖ヒエロニムスの像があった。彼は聖書を初めてラテン語に全訳した人だそうで、この場所の地下に、40年一度も陽の光を浴びることなくこもって、翻訳作業をしたという。くる病になってたんじゃないかと余分な心配をしつつ、とうとう、イエスが生まれたという場所へ。それは地下の洞窟だった。カーテンの下の入り口はとても小さくて、頑張って二人通れるかなというくらい。日本じゃないけれど、人々はそこに行儀よく列を作って礼拝の順番を待っていた。 (さらに…)

2016-06-07 | Posted in Michiyo’s JournalNo Comments » 

 

イスラエル紀行 Vol.2

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昼に待ち合わせて、私たちはエルサレムに向かった。大きなバンから私たちを迎えに出てくれた男性が自己紹介をしてくれた。
『ラジャイです。質問があったらなんでも聞いて。』
そしてバンは一路エルサレムへと向かった。道すがらラジャイは言った。 (さらに…)

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イスラエル紀行 Vol.1

また旅に出た。歌いに来たのだ。出国前に相変わらず原因不明の高熱が出たり入ったりしたことと、渡航先のイメージを心配して、両親には行き先を告げずに出国した。ある種子供達を溺愛している両親は、知ればきっと病気になって寿命を縮めてしまうと思ったからであった。

渡航先は、イスラエル。嵯峨野の大覚寺の大僧正、斑目さんが、この地にプラネタリウムを寄付されたのだ。私はそのこけら落としのセレモニーで歌って欲しいと呼ばれたのだ。いつもミサで歌っているエルサレム、ベツレヘムを見られる!私の心は踊った。それでも念のため私は聞いた。
『危険はないのですか?』
斑目さんは笑っておっしゃった。
『良いところですよ、日本と変わらない。安全です。』 (さらに…)

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飯田みち代エッセイ始まります!

オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代 

Michiyo’s  Journal ~世界のどこかで~

 

仕事で訪れた素敵な場所や旅の記憶、音楽のお話などをお届けいたします。

お楽しみいただけますように!

どうぞよろしくお願いいたします(^^)

 

2016-06-07 | Posted in Michiyo’s Journal, 旅の記憶No Comments »