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2016-06-07

イスラエル紀行 Vol.2

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昼に待ち合わせて、私たちはエルサレムに向かった。大きなバンから私たちを迎えに出てくれた男性が自己紹介をしてくれた。
『ラジャイです。質問があったらなんでも聞いて。』
そしてバンは一路エルサレムへと向かった。道すがらラジャイは言った。

「この道路の脇は全て、パレスチナ。この道路はイスラエルの道路だから、パレスチナ人は通れないんだ。昔はここはパレスチナだったんだけれど。』
不思議な光景だった。走っている道だけが日本で、その脇に見える土地は韓国って感じ?走っているうちに耳が聞こえなくなっていく。標高0メートルだったネタニアから標高835メートルというエルサレムに一時間でいくのだ。当たり前なのかもしれない。風邪のせいなのかもしれない。ホテルアンバサダーにチェックインすると、すぐにまた荷物を持って、ベツレヘムへと向かった。
ベツレヘムは丘の上だった。山の上というべきか。土産物屋に車を停めると、今度はなぜかガイドが交代した。ガイドは自ら公式な許可を受けていると説明し、私たちを坂の上へと誘った。ここはダビデの山と言われているんだとガイドは言った。

丘の上にその教会はあった。降誕教会。339年に作られたという教会は、その後なんども修復されたという。入口も初めの頃は大きかったようだが、馬で通らなくなったためか、敵の進入を防ぐためか、どんどん小さくなったという。今は120センチの高さのそのドアに、神の前に謙虚であるために頭を下げて入るよう、と、ガイドは言った。茶室のにじり口みたいだなと私は思った。

中に入ると、なんと教会の中は場所によって幾つかの宗派の違う人たちによって分けられていた。入ってすぐのところにはギリシャ正教の聖職者たちが何人もいて、ミサが始まるところだった。写真撮って早く出ろと言われて、とにかく可能な限り早く写真取りまくって、次の場所へ。扉をくぐって隣に行くと、ローマ教会であった。色彩感が明るくなって、全く違う雰囲気。ここでクリスマスのミサなどが行われて、全世界にその映像が流されるのだとガイドは言った。

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