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2016-06-08

イスラエル紀行 Vol.10

車に戻ると、ラジャイは少し後ろに体を傾けて、歌を歌い始めた。哀調を帯びたメロディだった。ひとふし歌い終わった後、私は歌詞の意味を尋ねた。
『これは愛する人を思う歌なんだよ。高いところにある果実はとても甘いのを知っているけれど、僕には届かない。空にある星はとても美しいのは知っているけど、僕には届かない。そんな意味。』

飯田 みち代さんの投稿 2016年6月5日日曜日

悲しい恋の歌。最近の歌は僕は好きじゃないんだ、とラジャイは言った。

車の窓から見える乾いた土の上でベドウィンのテントが羊たちを覆っていた。アラビア…子供の頃に持っていたエキゾチックなイメージが歌を通じて蘇った。私の中で結びついていなかった、アラブとユダヤとイエスのイメージが砂の中で繋がっていく。こんな音の中で、それぞれの宗教が始まったのだと思った。私は静かに目を閉じ、彼の歌の中で眠りに落ちていった。

目をさますともうラジャイはいなくなっていて、私たちは山の上の家に着いた。そこには井上さんご夫妻が住んでいらして、私は奥様のジャネットと、あわせをすることになっていた。庭を家の方へ歩いて行くと、足元から猫が何匹も飛び出した。本当にねこの多い国だ!猫をかき分け、奥のピアノの部屋で私たちはあわせをすると、また車に戻って斑目さんの元へと急いだ。

ホテルから斑目さんと合流すると、斑目さんの提案で平和の梵鐘のところで写真を撮ることになった。昨日見つけられなかった平和の梵鐘をもう一度探しに私たちは公園へと向かったが、今度は裏のサッカー場の方へと回った。
あった!丘の上にそれはあったのだった。芝生の坂道を降りたり登ったりして、私たちは平和の梵鐘にたどり着いた。
『良かった、もう次の時はここまで来れないかもしれないから。』
そう言って斑目さんは鐘を触った。二十年の月日を愛しむように、あっちからこっちから鐘を触った。そんなことをおっしゃらないで、と、流れでそうになる涙を私はこらえた。
斑目さんは私の父と同い年だ。誕生日も2日しか違わなかった。私の父も良く口にするのだ。もう2度とここに来れないかもしれない、と。いえ、きっとこれます、また!私は心の中で強くそう言った。
写真撮影の後、私たちは一路ネタニアに向かった。どんどん高度が下がっていく。空気が変わり、肌にまとわりつくようになってくる。海が近いのだ。海べりの保養地、ネタニアはエルサレムとは全く違う街だった。

ホテルで夕食を済まして部屋に引き取ると、あっという間に私は眠りに引き込まれた。長い1日…イスラエルでの3日目が終わった。

10イスラエル紀行
平和の梵鐘の前に立つ斑目さん。二十年前にこの地に寄付されたものだそう。

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