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2016-06-10

イスラエル紀行 Vol.17

翌日わたしはテルアビブへと移動した。斑目さんの思いやりだった。イスラエルへ来て首都を見ないというのは日本に来て東京を見ないのと同じだから、ぜひ一晩と言ってくださったのだ。テルアビブは都会だった。高層ビルが立ち並び、歩いている人たちも多くて多様だった。肩を出し足を出したファッションの女性たちが誇らしげに闊歩していた。そういえば、エルサレムでもネタニアでも、こういう女性たちを見かけなかった。
ホテルにチェックインすると、集合時間まで私たちは海岸を歩いたり、部屋で休んだりした。イスラエル滞在最後の夜、テルアビブで旅行した人たちみんなで食事を取ろうという計画だった。

ホテルの前の海岸は、まるで映画の1シーンのようだった。あくまで青い海の手前に白いビーチ、その上にたくさんの白いパラソル。人々は思い思いにビーチに寝転んだり水遊びをしたりしている。日差しも風も強かった。帰国したらすぐまたコンサートがある。風で喉を傷めないよう、わたしは喉元をきっちり閉めた。それでも暑くは感じない。気温は36度だと言っていたが、この風と爽やかさで、暑いどころか、肌寒くさえ感じた。
乾いた肌色の岩肌に大きなアロエが広がっていた。人より大きなアロエ。わたしはふと、自分の庭の小さなアロエを思い出した。一瞬にして、庭に水を打ったりして働き回る母の姿と、サンルームに座ってテレビを見る父と、その足元で丸くなる猫たちの姿が脳裏をかすめた。今頃きっと息子は自分の部屋にこもってレポートを仕上げているのだろう。家族がもしここにいたら、どんなに目を輝かせて見て回っただろう!
海岸線は刻々と色を変え、海は黒くなっていく。海岸の人はすっかり影を消した頃、私たちは街中へと夕食に出かけた。通りに椅子を並べて食事している人がたくさんいる。女性が夜の街を一人で歩いている。なんとなく見慣れた建物。バウハウスというドイツから亡命してきたユダヤ人建築家が建てたものだという。街路樹が並ぶ。幾つかの街路樹の上に真っ赤な花が咲いていた。

夕食会場では斑目さんを囲んで全員で自己紹介をした。最後に斑目さんが、なぜこの地に班目記念宇宙開発センタープラネタニアを建てるに至ったかを話された。確かこんな内容だったと思う。

斑目さんがなさっていた会社があるとき経営的に苦しくなった。日本の銀行はどこからも融資を断られた。ところがあるユダヤ人と出会った。彼は斑目さんに尋ねた。あなたの宗教は何か、と。斑目さんは自分は仏教の僧侶であると答えた。その仏教の教義はどんなものか、と、重ねて尋ねられ斑目さんはとっさに思いついたことをおっしゃったのだそうだ。
『everything is nothing.Nothing is something.something new from troublesome and suffering and painful,something new brought from chaos and nebula.』

色即是空を斑目さんの言葉で訳したその言葉に、ユダヤ人のその相手の方が感動し、融資をした。その時の恩を、斑目さんはユダヤの人たちにこうしてお返ししているのだと。

斑目さんの仏教名は日光というのだそうだ。ぴったりな名前だとわたしは思った。

イスラエル旅行の最後の夜が更けていった。

イスラエル紀行17 イスラエル紀行17-1

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